百姓は悪魔じゃない

「おばさん」に関して、どのように感じているかな。「上司」って、普段ではどう考えられているんだろう。べつに真面目に考えたりするわけじゃないんだけどね。
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ぽかぽかした土曜の晩は食事を

このごろ、腹のぜい肉を減らさないとと考え腹筋を頑張っている。
小さな娘を俺のお腹にしがみつかせて一から声を出し数えながら腹筋をしたら、小さな子供とのふれあいにもなるし、娘も数を暗記するし、俺のぜい肉も減少するし、好都合だと思っていたら、何日かは、真似して数を言っていた子供も退屈なのか、やらなくなってしまった。

蒸し暑い土曜の日没はゆっくりと
とある晴れの日の午後、少年はお母さんからお使いをたのまれて、はくさいとネギとぶた肉を買いに行くところであった。
少年はひそかに嬉しかった。
晩御飯はおなべだ!やったぜ!…と。
だが、ありえない事がその時起きた。
なんと、ポッケにあるはずのおつかい用のお金2千円が、ないのである!
少年はスーパーマーケットのレジに並ぶ前に、大丈夫だよね、とポッケの中に手を入れて確認してみたのだ。
そして、その時お金がないことを知ったのだ。
怒る母親を想像しながら、少年は何も持たずに家へ向かうことにした。
次からは、お金は靴か靴下に入れとこう。
少年は奥歯をかみ締めながら、固く決意した。

前のめりでダンスする妹と失くしたストラップ

動物を観察するために大変ふんだんに歩く動物園は、夏期はめちゃめちゃ蒸し暑くて疲れる。
友達の家族と自分の家族ともども合同で見に行ったが、非常に暑すぎてぐったりだった。
ものすごく暑いので、肉食獣も草食獣も他の動物もたいてい動いていないし、遠くの日陰にひっそりとしていたりで、あまり見えなかった。
次回は、水族館などが天気もよく暑い日はよさそうだ。
子供がもう少し大きくなったら夜間の動物園や水族館もおもしろそうだ。

曇っている土曜の朝にこっそりと
お盆やすみだとしても里から離れて生きているとたいして気づくことがないが、最小限、仏壇へのお菓子くらいはと考え本家へ買って送った。
本家に居たら、香を手にして祖先の歓迎に行って、お盆やすみの最後に送り届けにおもむくのだが、外れているので、そのようにやることもない。
近辺の人たちは、線香をつかみ墓におもむいている。
そういった場面が目につく。
ふだんより墓の近くの道路には多くの乗用車が路駐されていて、お参りの人もすごく多く目につく。

陽気に自転車をこぐ君と履きつぶした靴

アパレル屋さんって絶対勤まらないと考えるのは私だけだろうか。
毎日、抜かりなくファッションを選ばないと店のイメージが悪くなる。
私なんて、会社で働くときはスーツ着るといいし、化粧だってしてれば良いとされている。
休日も、自分が納得するファッションを纏えばいいし、自宅で働くときはワンピース一枚で大丈夫。
だから、きっと、ファッションにかかわる商売には、向かないと思う。
服を買おうとしていると、店員さんが話しかけてきて服の説明や合わせ方を教えてくれる。
何故かそれに緊張してしまい、その場から去ってしまう。
こういった部分も、店員さんって大変と思う事の大きい理由の一つだ。

喜んで自転車をこぐあいつと壊れた自動販売機
実は肉類があまり好物ではない食べるものは当然魚類が中心になる。
で、真夏の、土用丑の日の鰻は、自分にとってのイベントごとだ。
東京の方でウナギを開く場合、背開きという風習が現在も続いている。
何故かと言うと、古くから武士社会なので、腹開きだと切腹に由来してしまい、よろしくないため。
反対に、関西地方で開くウナギには、腹開きにする場合が普通。
それは、関西地方は商売の町なので、腹を割って話しましょうと言う意味に由来するから。
他にも、自腹を切るという取り方も通じるので、場合によっては良くない時も。
それは、関西地方は商売の町なので、腹を割って話しましょうと言う意味に由来するから。
他にも、自腹を切るという取り方も通じるので、場合によっては良くない時も。
この雑学は、バスガイドの正社員で働いていた時に、紹介として、参加者に話していた豆知識です。
渋谷駅から乗り込みして、静岡の三島のウナギを食べるために向かおうという目的。

余裕で話す弟と冷めた夕飯

最近、娘がいつもの広場で遊びたがらない。
蒸し暑いからだろうか、部屋で遊べるものが非常に楽しいからか。
少し前までは、大変運動場に出かけたがっていたのに、此の程は、ちょっとも行きたがらない。
考えるに、父親から見て、考えても考えても困ることもなく、気にしないがのだけれど妻はわずかでも考えている。
けれど、暑くてきつい場所で遊ばせるのも心配だ。

天気の良い祝日の夕方に立ちっぱなしで
レフも、本当に楽しいと思うけれど、また別格と言うくらい愛しているのがトイカメだ。
2000円強あれば単純なカメラがすぐ持てるし、SDカードがあるならばパソコンでもすぐに見れる。
リアリティーや、その瞬間を写すには、一眼レフが似合うと思う。
けれど、そこの空気感や季節の感覚を撮影するときには、トイカメには他の何にもかなわないと感じる。

息もつかさず走る友人と霧

今日の体育の授業はポートボールだった。
少年は、ボールを使ったスポーツが苦手なので、不満げに体操着を着ていた。
今日はきっと、運動神経バツグンのケンイチ君の活躍が目だつはずだ。
今日はきっと、運動神経バツグンのケンイチ君ばかり注目を集めることになるはずだ。
そうなると、少年が思いを寄せている、フーコちゃんは、ケンイチ君がヒーローになるところを見るなるのだろう。
少年は空を仰いで体操帽子をかぶると、運動場へ向かった。
でもフーコちゃんは、ケンイチ君じゃなく、少年のほうをチラチラ見てたのを、少年は気付かなかった。

熱中して話す家族とよく冷えたビール
友達の住まいのベランダで育っているトマトは、かわいそうなミニトマトなのかもしれない。
枯れる直前まで水を与えなかったり、たまにミックスジュースをあげたり、だし汁を与えたり。
ほろ酔いの私と彼女に、ハイボールを飲まされた時もある。
トマトの親である彼女は、今度絶対トマトジュースをあげてみたいらしい。
興味津々でミニトマトの意思は完璧に無視。

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